はじまり
無名山塾は主宰(現–顧問)である岩崎元郎が1981年秋に設立。彼は1981年春にネパールのニルギリサウス峰の登山隊隊長として参加。ここで感じてきたことや、当時の登山界の問題や疑問を解き明かそうと考えた末に、登山者の育成と底辺の拡大を志したことが始まりとなっています。
「半ば我が身、半ば人のため」と自らも楽しみ、そこから学びを得て、さらに周りにも山の楽しさを伝えようとした、登山教室の形より始まったのが「無名山塾」。
特異的なところとして、登山学校(有料の講習)と山岳会風の雰囲気を併せ持ったところにありました。その後、メディアに露出したこと等もあり、より商業的方向に軸足が移っていきました。
登山学校の本科修了後は卒業していき、他の山の会へ移籍したり、新たな山の会を作って個々に活動するなど、様々な道が選択肢となりました。
そんな中、少数でしたが無名山塾を拠り所として、卒業後も個々の生活スタイルの中で、登山活動を体現していける場は作れないものか・・・と模索する人もいました。そして、この僅かな人達が軸となり、2003年初夏に主宰にも理解を頂き「無名山塾-登山本科-技術委員会」として、実質的な活動がはじまり、現在まで続いています。さらに現状ここの場が、運営への主体ともなり、登山本科–技術委員会というよりは「無名山塾」を現す立ち位置となっています。
無名山塾本科について
現在も無名山塾との関りの第一歩は、本科生からがはじまりです。具体的には、登山全般に必要と思われる、基本的なことを学ぶ「基本ステップ」と机上集会からが、はじまりとなります。
本科修了後に残る場合の狙いとしては。
発足当時から「自立した登山者」の育成を主旨の一つとしていました。ここで言う、自立とは単独で実践できる方法を目的としている訳ではなく、初級クラスなどのバリエーションコースにいくことも含め、パーティー登山をする場合の山行全体をまとめ、実践していけるリーダー(意識や自覚)をつくることを目指しています。
パーティー登山の場合はリーダーとメンバーがいるわけで、それぞれが協力していくことにより、楽しく、より充実した登山となる訳ですね。そうした登山を実践する場合、登山のリスクマネジメントを意識したり、メンバーシップやリーダーシップなども含め考え、進めていくわけです。まあ、自立と言うことと、自律と言うことも含めているのかもしれません。
具体的には、基本的な技術や知識の反復しつつ更新する努力。また、そうした技術などの応用や実践のための山活動、「応用ステップ」や「自主研修山行計画」の実施等にも関わっていくことです。
付け加えとしてですが。最初に出てきた「半ば我が身、半ば人のため」の意味ですが。はじめに学んできた会員が、新しい会員へ技術などの伝達の際(基本ステップその他への参加など含め)、自分に不足していたコトを具体的に気付かされことがあります。ここが大事なところで、これに気付くコトから、教える側、教えられる側、相互に学びあうことでより蓄積できるモノが生まれる。そんな意味が「半ば我が身、半ば人のため」には含まれています。

これを読んで、もし以下のような思いがあれば・・・
もっと「山」のことについて知りたい、学びたい。登山をスポーツというより文化として様々な角度から捉えてみたい。少しバリエーションコースや降雪のある山などへも行ける技術など勉強したい。自分で企画・実践できる力をつけてみたい。山の遭難やリスクマネジメントなどにも関心がある。などなど。
・・・無名山塾と関わってみるものよいかと思います。
無名山塾の目指す様々なキーワードと自分のやりたい山をどこまで融合できるか…など悩みも生まれるでしょう。それでも普通に社会に出たお兄さんやお姉さんがクールに飄々と、そして熱く!山に真摯に向かう姿勢から、個々の生活の中での登山(観)を構築し、登山の文化性も追求・表現、周りにもアピールできたら…楽しいのかな、と考えています。
(文責:無名山塾・技術委員会チーフリーダー 金澤和則)
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創立
1981年11月4日
加盟団体
公益社団法人 日本山岳・スポーツクライミング協会
一般社団法人 埼玉県山岳・スポーツクライミング協会
山岳保険
JMSCA 日山協山岳共済会会員制度に加入
