小草平ノ沢遡行~モミソ沢下降

  • 期間 2013-09-08
  • メンバー L松本(善)(17期)、土方(26期)、加藤(29期)、保岡(32期)、田浦(32期)
  • 記録 田浦

二股入渓まで

 小田急線に乗っている時から、いや、家を出た時から、気が重かった。理由の一つは、天気がほぼ確実に崩れる見通しであったこと。午前中は時々雨、午後は本格的に雨が降るという予報であった。8月の水根沢での講習の際も天気が崩れたので、悪天候の下での沢登りの状況(沢の様子、体感温度など)は想像できる。ただし、水根沢の時は小雨であった。本日の予報は本降りである。そのうえ、沢を遡行したのちに沢を下降する計画となっているため、沢での滞留時間が長い。ただでさえ足下からびしょ濡れになるのに、頭の上からもズブ濡れになって、暗い谷間を、転ばないように神経を張りつめながら、長時間にわたって歩くなんて、想像しただけで気が滅入ってしまう。しかし小田急線の車窓から見上げれば、確かに雲は厚いのだが、雲間から青空が覗いてみえて、明るい陽光を放っている。本当に本降りの雨がやってくるとは、俄かには信じられないような気がした。
 もう一つの理由は、小草平ノ沢には1か所、シャワー・クライミングの滝があり、それがちょっとした難所であると、事前に知ってしまったことである。前日に岩登りの練習をご一緒させていただいた鈴木百合子さんが、「あそこを何とか乗り切らないとね」とおっしゃっていたし、小田急線で乗り合わせた加藤さんは「2年前の講習では自力で登るのに挫折した(から今回は成功させたい)」と話していた。実は私は、5月の講習の際、葛葉川に一か所だけあるシャワー・クライミングの滝に挑戦したが、途中で挫折し、左岸を巻いたのだ。「今回の滝は成功裏に直登できるだろうか?できなかったら巻くことができるだろうか?巻くことができなくて立ち往生したら?」と、不安が心の中に渦巻いた。しかし同時に、挫折したとはいえ、葛葉川でシャワー・クライミングなるものを一度体験しているのだから、肝を据えて当たって砕ければ、今回は何とか突破できるのではないか、という楽観的な考えが頭のどこかで笑っているのも、薄っすらと感じていた。
 大倉バス停で集合し、予定通りのルートで講習を催行することが告げられた。二俣までの長い西山林道を、お喋りしながら進んだ。

小草平ノ沢遡行

 小草平ノ沢は、どのような特徴を持つ沢だろうか。私の引き出しの中には、5月の葛葉川と8月の水根沢の経験しかないので、小草平ノ沢の特徴を相対的に捉えて説明するのは難しい。少なくとも、水量が多く、腰や胸まで浸かりながら進む水根沢とは、明らかにタイプが異なる沢である。浅瀬の渡渉と滝の直登とを繰り返して進むという意味では、葛葉川と同じタイプの沢だといえるだろう。ただし、2回滑り落ちた後、下から押し上げてもらいながら3回目にようやく登ることができた滝があったり、壁を上り詰める途中でホールドをうまく見出すのに苦労する滝があったりしたことを考えると、小草平ノ沢は葛葉川よりも難度が高い沢なのかもしれない。気温が高いわけでもないのに、無性に喉が渇いたのは、遡行中、緊張しつづけていたためではないかと思う。
 ホールドをうまく見出すのに苦労する滝と書いたのが、例のシャワー・クライミングの滝である。しかし実際には、シャワー・クライミングに挑戦する必要はなかった。というのも、小草平ノ沢は全体的に、水量が目立って減少していたため、有り難いことに(挑戦したいと思っていた人にとっては残念なことだが)、くだんの滝においても水量は岩壁をサラサラと伝う程度であり、頭からシャワーをかぶって呼吸する余裕が奪われるような状態にはなかったのである。それでも、右壁の上方からサイドに上がる過程では、左足を左壁に突っ張りながら、右足の移動先を探すのに苦労するなど、それなりの難所ではあった。

 広い急斜面を、足を滑らせながら登り、大倉尾根に出て、堀山の家で短い休憩をとった。堀山の家のご夫妻の優しく温かい笑顔に見送られて、モミソ沢下降へ向けて出発。この時点で13時30分を回っていたように記憶する。

モミソ沢下降

 私にとっては初めての沢の下降である。まず、尾根や登山道のどの地点から入っていけば目指す沢に到達できるかを見極めることが肝心であることを、学習した。
 次に学んだのは、沢に到達するまでの斜面を要領よく降りていくには、場数を踏んで慣れる必要があるということ。遡行の詰めを逆行するわけであるから、当然、足下は滑りやすい急斜面である。モミソ沢に到達するまで、滑らないように気を張って歩きつづけたせいで、神経が疲れてしまった。ほかの参加メンバーによると、私はこの時、とても悲壮な表情をしていたらしい。雪山を歩く要領に似ているとのことである。これからやってくる冬に雪山デビューを果たすわけだが、これは大変だな、と思った。
 いよいよ沢の下降が始まる。沢の下降は、浅瀬の渡渉と、滝のクライム・ダウン或いは懸垂下降との繰り返しである。懸垂下降は、ロープワークを誤りなく確実に実行すれば、それほど難渋するものではないと思った。むしろクライム・ダウンは、特に日が陰って暗くなると、足場を容易に見出だせないため、油断しては危険だと感じた。ロープを出せば、足場の状態をあまり気にせずに下降できるが、ロープの設定と撤収に時間がかかる。クライム・ダウンで下降すれば、ロープの設定・撤収に要する時間を省けるが、足を踏み外した場合の怪我が心配される。両者のメリットとデメリットとを勘案して、状況に応じて判断するということが分かった。
 沢の下降において、何といっても大変なのは、リーダーとサブリーダーの役割である。パーティ全体が効率的にルートを下降するために、二人が入れ替わり立ち代わり先頭を進んで状況を確認し、ロープを設定したり、クライム・ダウンを補助したりする。その場その場で最適な方法を判断する知識と技術が求められるし、何よりも、大変な運動量を強いられる。こうしたリーダーとサブリーダーの活躍の傍らでメンバーが果たすべき役割は、安全かつ迅速な下降に専念することだ。
 モミソ沢の中盤から雨が降り始めた。木々の梢の葉に雨が落ちる音が聞こえても、我々の体に感じられるような雨粒は落ちてこなかった。しかし終盤になると、辺りは雨につつまれて暗くなり、足下が岩なのか土なのか判別しにくくなった。さいわい、間もなく出合に到達した。水無川の岸でレインウェアを着込み、戸川林道へ登り出た。

戸川林道を歩いて下山

 レインウェアの帽子を引き被って、心もち前かがみになりながら、黙々と早足で下山する。登りの西山林道があれだけ長かったのだから、下りの戸川林道の道のりも長いことは間違いない。土方さんに所要時間を聞かれて、「一時間くらいではないか」と答えた。それでも土方さんは立ち止まって、雨の中、わざわざザックから資料を引っ張り出して、所要時間を確認していた。やはり一時間と書いてあったようだ。観念するしかない。
 一台のバイクが下から上へ登っていき、上から引き返してきて、我々を追い抜いていった。一台のブルーのワゴン車が上から走ってきて、我々を追い抜いていった。「いいなぁ」といいながらワゴン車を見送った。「いいなぁ」とはいうものの、観念した以上、ただただ歩くのみである。ところが暫くすると、先ほどのワゴン車が下から引き返してきて、乗車している二人の方が車に乗るように勧めてくださった。この上なく嬉しい申し出には違いないが、五人そろって全身びしょ濡れである。そのまま乗車させていただくのは、あまりに申し訳ない。その旨をお伝えして辞退したのだが、是非にと勧めてくださるので、ご厚意に甘えることにした。実際、乗車してから林道を出るまで、車はかなりの距離を走行した。そこを歩かずに済んだのだから、大変助かった。大倉バス停ではなくて、渋沢駅まで乗せてくださり、感謝してもしきれないことであった。
 渋沢駅に上がるエスカレーターの下やトイレで、着替えをしたり、荷物整理をしたりした。着替える際に、私は、腕やお腹、腿の後ろ側、靴下などに数匹のヒルを見つけた。他のメンバーもそれぞれ、衣服や体に吸い付いたヒルを発見したようだ。ヒルには塩を振りかけて往生してもらった。入渓の前、沢靴やスパッツにヒル対策スプレーをかけたのだが、まったく役に立たないことが、よく分かった。今はただ、親切にも乗車させてくださったお二人のワゴン車にヒルが落ちていないことを、切に願うばかりである。

小草平ノ沢遡行~モミソ沢下降” への2件のコメント

  1. 大丈夫です。ヒルは落ちていないですよ。
    その折は楽しいお話を聞かせて頂きありがとうございます。
    山行記録を興味深々で拝見させて頂きました。初心者の私からすると雲上人の様な経験をされている方々だったのだなあと思いつつも、一方でいつか沢登りにもチャレンジしてみたいという気持ちが芽生える一期一会でした。

    • 佐藤様
      本山行リーダーの松本です。
      その節はありがとうございました。たいへん助かりました。最初声をかけて頂いた時は、あまりにも親切なお申し出に、警戒するようなそぶりをしてしまい、失礼しました。
      お陰様で1時間は短縮できたでしょうか。駅前で反省会を兼ねた食事をする時間が取れました。
      佐藤様及びお供の方におかれましては、是非とも山の分野を広げて頂きたく思っております。

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